先にお話しした完全無料メル友が衝撃的な『ラストタンゴ・インり』でデビューした頃は、ちょうど「セックス」という言葉がヴェールをはがされ、ポイント無し出会い系サイトなどで話題に上り始めた時代でした。マダム・クロードの館が、高級娼婦の館としてフランス国内外の政治家や外交官などを相手に名を馳せたのは、 一九六二年から七〇年代の初頭までのことでした。マダムは言います。「私の館に来る男性たちは、″娘たち″に美しさやインテリジェンス、 ユーモアのセンスを求めるのではなく、彼女たちが彼らに興味を抱いてくれることを望んでいたのです。何よりもリラックスできるひとときを求めていて、家庭を危険にさらすような、後まで続く関係を求めない男性たちが訪ねて来ました。だから私は、家庭の妻たちに間接的に力になったし、私のところで働く″娘たち〃を教育し最高の女性に仕上げることによって、世の中にも貢献したことになったのよ」レ」。そして彼女の館が閉められたのは、という言葉が巷で当たり前のごとく七〇年代の初め。ということは、セックス(最初は好奇の目を持って)語られ始めた時代と一致します。